


前回の「湘南人」鈴木一也さんからの質問は「結婚して子供ができたら、ライフセーバーを続けますか」です。どうですか? 勝亦さんの率直な気持ちとしては。
びっくりする質問ですね(笑)!
まだ22歳なので、正直、結婚に関して深く考えたことはないんですけど、そうですね……。今、2007年の3月に大学を卒業して実家のスポーツショップで働きながら、ライフセービングの活動をしているのですが、親が楽しみながら応援してくれているのを凄く感じるんです。
だから私もスポーツを通して子供と一緒に楽しみたいですね。
海で泳ぐこともあるでしょうから、子供が生まれたら水泳はやらしたいなって。
私も小さい頃は習い事として水泳をやっていましたから。
ただ、自分がライフセービングをバリバリやるのか?というと、今は考えられないですね。
鵠沼で一人暮らしをしながら平日は実家に帰って仕事。
そんなサイクルで毎日を過ごしていますが、結婚して子供が生まれたら、今続けているハードなトレーニングはできないと思います。
だから、結婚後は海で楽しみながら、子供と一緒にスポーツをやったりしていたい。
ボランティアとしてビーチクリーンをしたり、海の近くで住んでいたいですね。

本当、湘南だったらベストですよね。湘南との関わりも、やっぱりライフセービングがきかっけだったんですか?
大学時代からですね。
私はもともと全国大会に出場したいという一心で中学、高校とバスケットボールをやっていたんです。
それが高校で叶って、日体大のバスケ推薦があったんですけど…、高校でやりきったと感じてしまっていて。
大学に入ってからは新しいスポーツをやろうと思っていたんですよ。
とはいえ、サークルではなく部活を選ぼうとは思いましたけどね。
両親も「日体大にせっかく入ったのだから、部活をやったほうがいい。サークルは駄目!」って(笑)。
大学でも第一線で活躍できるような新しいスポーツを、という気持ちだったんですね。
今思うとそうだったんでしょうね。
本当に色々な部活をみたんですよ。ラクロスをみたり、セパタクローをみたり。
その時、ライフセービング部の説明会に行ってみたんです。そこでライフセービングのビデオをみたのですが、素直にかっこいいなって思いました。
走るのは得意な方でしたし、水泳経験もありましたから「入部してみよう!」って。
日本で一番最初のライフセービング部という歴史があって、入部したときは部員が150人もいて、インカレでも日体大がいつも勝つようなトップクラスの部でしたから。
それで実際入部してみたら、海へ行くこと、海でのトレーニング、ウェットスーツを買うこと、そのひとつひとつが新鮮だったんです。
高校が女子高でしたから、男の先輩もがいることも、何もかもが新鮮でしたね。
大学からはじめるNEWスポーツにチャレンジ。それがライフセーバー勝亦さん誕生のきっかけだった、と。それじゃあ、湘南との出会いは練習場所としてだったんですね。
そうなんです。
日体大の練習場所は江ノ島なんですよ。それが湘南との出会いですね。
平日は学校で、土曜日は海でトレーニング、日曜日は休みというサイクルでした。
最初は150人もいる団体ですから、正直、練習をさぼっていても怒られない。そんな感覚でいたんです。
練習のレベルはABCDに分かれていて自分で決めるんですけど、はじめは一番下のレベルをやっていました。
ライフセービングは楽勝、なんて感じていたと思います。
ただ、そんな時に…、夏の監視活動2日目に事故を経験したんです。
事故は未然に防がなければいけないのですが、それがあって「事故って本当に起きるんだな」と、現実として痛感したんですね。
大学4年間の中でも、その時が一番辞めたいと思った出来事でした。
はじめて目のあたりにした事故。それほどまでの事故だったんですか…。
5時で終わる監視活動中の15分前くらいですかね、片付けをはじめた頃でした。
島でしたし、とても広い海岸でしたから、シュノーケリングをしている人が多くて、肉眼ではほぼ見えない海岸でした。
その時、ひとりで泳ぎに行っていた女性の方がいて…。
島の子から「助けて!という声が聞こえる」って連絡がきたんです。
先輩がボートで助けに向かって、ヘリコプターで無事病院まで搬送されたんですけどね。
その事故が起きた日の夜は帰りたくて帰りたくて…。
当然、次の日もお客さんは来ますし、昨日起きた事故のことは知りません。
その中でも私たちは監視活動をしなければいけません。
でも、つらかったです。
ミーティングではみんなで「気持ちを切り替えていこう」とは言うものの、なかなか気持ちを切り替えられない部分があって。
その事故を経験して「ライフセービング」の捉え方が変わってきた、と。
事故があってからは自分の意識が確実に変化しましたね。
ライフセービングは「人のため、人のため」と言いますけど、結局は自分のためだと思ったんです。
それまではトレーニングに対して力が入らない自分がいたんですけど、それでは後悔してしまうと思いました。
ボードで助けに行ける距離なのに、ボードに乗れないで、その人のところまで行けなかったとしたら、後悔してしまう。
だから、技術、体力面のトレーニングをやっていかなければいけないなって思えるようになりましたね。
「逃げたくならない?」と言われると、正直、毎年逃げたくなります。でも、逃げません。後悔しちゃいますから。
そういう意味ではやっぱり楽しいものではないですね。
常に緊張感をもって、事故が起きないよう、責任感をもってやっています。
朝礼の笛から、終礼の笛の合図まで、集中してやるようになれました。
そうですよね……。ただ、つらい中でも楽しさはあると思います。鈴木サンが話していた「「無事故で終わっときの達成感」。それは、やっぱり楽しさとしてありませんか?
確かに一也サンがいう達成感は私も同感です。
やっぱり無事故という目標に向かって、泣きながらやってきたことばかりでしたから、無事故で夏が終わった時はみんなで喜びます。ビールがけをしたりとかして(笑)。
その時はやってきて良かったなって思いますね。
そんな仲間と過ごした「江ノ島」が、やっぱり湘南で一番好きな場所なんでしょうね。
夏の1ヵ月間は監視活動ですけど、残りの11ヶ月はトレーニングだったり、大会に参加しています。
冬は本当に寒いですけど、海へ行けば仲間がいて、一緒に練習して、一緒にご飯を食べて…。
そんな江ノ島で過ごす生活のリズムがとても好きなんです。
大学でライフセービングをはじめてから海に通うようになって、一番通ったのが江ノ島。
大学の先輩も住んでいますし、自分も卒業して住みはじめましたし、他大学のひとも江ノ島に住むようになって、ライフセーバーの仲間がまわりに凄く多い。
ちょっと声をかければ、すぐにみんなが集まれる場所。それが私にとっての江ノ島なんです。
住んでいて良かったと思いますね。
鵠沼駅前のパン屋さんはとても美味しいですし、落ち着いた雰囲気も独特で大好きなんです。
ひとりで海を散歩しているだけでも楽しいですし、自分のペースで過ごせるところが気に入っています。
西浜ではライフセーバーと地域のひとが一緒になってビーチクリーンをしているんですけど、ライフセーバーと地域の人たちが仲良くなることで、凄くお互いの距離が近くなっています。
だから、地域とのコミュニケーションは凄く大切にしたい。あと、これからの目標としてはジュニア教室を続けたいです。今年、藤沢市の小学生を対象にライフセーバー教室を開いたんですよ。
チューブの使い方から、ペットボトルを使った実験をしたり、海の流れを教えたり。
それは続けたいと思いますね。
それが、勝亦さんの湘南ライフですね。では、最後に次回の「湘南人」の選定理由とメッセージをお願いいたします。
一也サンとのつながりで知り合った、とても40歳を超えているとは思えない茅ヶ崎アウトリガークラブの塩澤正光サンでお願いします。
そもそも、一也サンと知り合ったのは私がはじめてライフセービングの日本代表になった3月の全豪選手権だったのですが、その後、アウトリガークラブに誘われて私も入ったんです。
そこのクラブの人たちとアウトリガーカヌーも一緒にやるようになって、サーフィンも教えてもらっています。まだまだ、へたっぴですけどね(笑)。
選定理由は、茅ヶ崎アウトリガークラブが茅ヶ崎ではじめてのカヌークラブであること。
今でこそ、アウトリガークラブは増えてきているのですが、湘南の新しいカルチャーとしてカヌーを広げようと思っている素敵な方なので、私も応援したいと思っています。
メッセージは「40歳を超えているのにも関わらず、いつまでも若くいられる秘訣は?」です。カッコいい生き方のヒントを知りたいなって思いますね。



第一回 鈴木 一也さん



